日本歴史地名大系 「伊保城跡」の解説 伊保城跡いぼじようあと 愛知県:豊田市石野・猿投・保見地区上伊保村伊保城跡[現在地名]豊田市貝津町・保見町 東古城・西古城「三河国西加茂郡誌」では、伊保城跡として三城跡を掲げている。一つは現貝津(かいづ)町字城山(しろやま)にあって城塁をわずかに残し、坪数約二〇余坪で、児島高徳居城という。のち三宅加賀守貞宣・同清宣・同筑前守貞次・周防守清貞がおり、享禄四年(一五三一)松平清康に攻められ、広瀬(ひろせ)に逃れたという。一つは現保見町字西古城(にしこじよう)にあり、山上に城跡が残り、三宅加賀守清宣が広瀬に逃走後、松平三郎左衛門信房が守備した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報