保田窪村(読み)ほたくぼむら

日本歴史地名大系 「保田窪村」の解説

保田窪村
ほたくぼむら

[現在地名]熊本市帯山おびやま一―二丁目・同四―五丁目・保田窪一―二丁目・新大江しんおおえ三丁目・保田窪本ほたくぼほん

水前寺成趣すいぜんじじようじゆ園の北東に位置し、東は長嶺ながみね村、南は田迎手永の竹宮たけみや村・神水くわみず村である。本庄手永に属し、「国誌」には高が記されず、野開畑八町三反二畝があげられ、「地鉄炮ノ者野開也、此外ニ四拾三町六反一畝ハ田迎手永ノ内也」とある。いわゆる新地鉄炮組の所在地である。また同書は「野開畠五十一町余、寛永十一年ニ当所曠野ヲ開キ畠トシ、地鉄炮ノ者ヲ居ヘ置ル」とする。「制度考」によると「保田久保之儀は阿部弥一右衛門殿承に而寛永十二年より追々仕立に相成候事」とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む