光明谷村(読み)こうみようだにむら

日本歴史地名大系 「光明谷村」の解説

光明谷村
こうみようだにむら

[現在地名]瀬戸町光明谷

瀬戸村の北東、細尾(ほそお)山(一八五・二メートル)南麓にある。村名は細尾山中の大伽藍跡に関係するとも伝える。慶長一〇年(一六〇五)備前国高物成帳(備陽記)の物理(もどろい)保に村名がみえる。寛永備前国絵図では高二六一石余。「備陽記」によれば山寄り集落で、岡山京橋(現岡山市)まで道程三里三三町、田畠一六町三反余、家数三〇・人数一五六。天保年間の「磐梨郡三組手鑑」によれば直高四五一石余、蔵入と家臣七名の給地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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