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入来院文書 いりきいんもんじょ

世界大百科事典内の入来院文書の言及

【入来院】より

…一方,渋谷氏は元来相模国渋谷荘(現,神奈川県綾瀬市,藤沢市の一部)に本拠地をもつ東国武士であったが,上述の所領拝領以後13世紀末までに一族の大半が広大,肥沃な入来院に本拠をうつし,惣領制的な同族結合をもって上記の村々に割拠して確固たる支配を築き,南北朝以降は清色村に居城をもつ主家のもとに結束しつつ江戸時代に及んだ。 入来院の一帯は樋脇・入来2筋の小河川をとりまく小平野とそれに流れこむ多数の谷戸の集合から成り立っており,中世在地領主の山村支配のあり方を示すよい典型であるが,地理的環境が比較的よく保存されている上に,現在につづく渋谷氏各家が伝えた豊富な《入来院文書》のために,早くから中世武士と村落研究の宝庫として注目されてきた。すでに大正年間アメリカ合衆国イェール大学教授となった朝河貫一は同文書の翻訳とそれにもとづく中世封建制研究の成果を世界に公にし,いらい欧米の日本封建制研究はこれをおもな拠り所として発達したが,日本においては,第2次大戦後の社会経済史研究の隆盛のなかで,同院は荘園村落,在地領主の惣領制,農民の経営体としての在家,門など地域社会の支配と構造を解明するための宝庫として注目をあび,それらをテーマとする幾多の研究を生むとともに,乱開発による景観破壊をとどめて歴史的景観を維持するための努力も重ねられるようになった。…

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出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報