八木蒔村(読み)やきまきむら

日本歴史地名大系 「八木蒔村」の解説

八木蒔村
やきまきむら

[現在地名]玉造町八木蒔

霞ヶ浦沿岸にあり、北は羽生はにゆう村、東は谷島やじま村。時期は不明であるが、羽生村からの分村と伝え(新編常陸国誌)、江戸時代は麻生藩の支族旗本新庄氏領で、天明八年(一七八八)の邑々永方取立帳(根本家文書)には、分付山年貢・芦場年貢・普請夫銭・水夫給・門松代など合せて金四両一分二朱と銭八六文とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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