別名皆新田村(読み)べつみようかいしんでんむら

日本歴史地名大系 「別名皆新田村」の解説

別名皆新田村
べつみようかいしんでんむら

[現在地名]富山市別名べつみよう

神通川右岸沿いに位置し、北東あきしま村、東は新保しんぼ村。富山藩領。初めは秋ヶ島村領柳原島やなぎばらしまと称す無毛の地であったが、享保元年(一七一六)頃から秋ヶ島村長兵衛が二五石を開き、長兵衛島ちようべえじまと称した(斎藤家文書)。その後開発が進み、寛政元年(一七八九)新保村領の一部を加えて村立てされた(高堂家文書)。所属組は清水しみず村と同じ。幕末の古高免小物成銀等書上に「新保・秋ケ島両村之内出来村」とあり、分卦古高二〇五石余、免一ツ六歩、小物成は柳差一九匁、家数五(うち頭振二)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む