包里村(読み)かねさとむら

日本歴史地名大系 「包里村」の解説

包里村
かねさとむら

[現在地名]中川区富田とみだ包里かのさと

西と北は供米田くまいでん村に接し戸田とだ川沿いの村。富田庄絵図(円覚寺蔵)に包里とみえる。寛文一一年(一六七一)の家数五〇、人数二九〇(寛文覚書)。「徇行記」によれば、概高三六一石余のうち三四〇石余は藩士八人の給知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 供米田 戸田

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む