匡廬(読み)キョウロ

世界大百科事典(旧版)内の匡廬の言及

【廬山】より

…また長江中流域の要衝である九江,湖口を山下にひかえ,軍事上の拠点としてもしばしば歴史に登場する。周代に匡(きよう)氏の7兄弟がここに廬を結んで隠棲して登仙したという伝説により,匡山・匡廬とも呼ばれる。その後も陶潜(淵明)が隠棲するなど,隠士・道士のすみかともなった。…

※「匡廬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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