人間でありながら永遠の生命を獲得し,長生不死をとげるものをいい,〈神仙〉ともよばれる。〈仙〉の本字は〈僊〉であって,舞うさまの形容や上昇の意味に使用される。仙人には天空に舞いあがるイメージがともなうところから,この文字が用いられたのであろう。〈仙(僊)人〉ということばをはじめて用いたのは《史記》封禅書であるが,長生不死の観念はすでに先秦時代の書物にみとめられる。たとえば《荘子》にひんぱんにあらわれる〈神人〉〈真人〉〈至人〉など,また《山海経(せんがいきよう)》には〈不死の薬〉〈不死の民〉〈不死の国〉〈不死の山〉などに関する伝説が語られている。《史記》封禅書によれば,戦国時代,東方沿海地域の方士たちは,東海中の蓬萊,方丈,瀛洲(えいしゆう)とよばれる三神山は仙人の住まうところであって,そこには不死の薬が存在するとさかんに宣伝し,三神山の信仰は秦の始皇帝や漢の武帝にうけつがれた。漢代には黄帝が仙人となって昇天したとか,老子は永遠に存在しつづけてその変化身が何度も世にあらわれるなどの伝説も生まれた。また馬王堆漢墓その他から発見が相次いでいる漢代の考古学的遺物のなかには,天界への飛昇をえがいた〈昇仙図〉とでもよぶべき図柄をともなったものが少なくない。
後漢末から六朝時代にかけて,神仙を神々とあおぐ宗教として道教が成立すると,神仙が信仰の対象となったのはもとよりのこと,実際に仙人となることがもとめられるようにもなった。もっとも,人間がはたして仙人になれるものかどうかについて議論がなかったわけではない。魏の嵆康(けいこう)の《養生論》は,正しい養生の方法によって1000年や数百年の長寿が得られることは認めながらも,不死の仙人になることはとてもできないと論じている。仙人は自然から特別にすぐれた〈異気〉をさずかった存在だと考えたからである。しかし道教ではこのような考えかたをしりぞけ,肉体を改造して仙人となるためのさまざまの方法が説かれ,また実践された。そして同じ仙人でも修練の方法によって等級のちがいが生ずると考えられた。
たとえば《抱朴子》は,天空に昇る天仙,名山に遊行する地仙,いったん死んだうえで仙人となる尸解仙(しかいせん)の3種の仙人が存在するという。また道教経典の古層に属すると思われる《太平経》は,天地間のあらゆる人間とそれらそれぞれの職能を9種に分かち,(1)無形委気の神人は気を,(2)大神人は天を,(3)真人は地を,(4)仙人は四時を,(5)大道人は五行を,(6)聖人は陰陽を,(7)賢人は文書を,(8)凡民は草木五穀を,(9)奴婢は財貨をそれぞれ治めるとしているが,5,6世紀のころには宇宙空間が天上の神仙世界,地上の人間世界,地下の死者の世界の仙・人・鬼の三部構造として整理されるにいたった。そのうち神仙世界はさらに〈聖(ないしは神)〉〈真〉〈仙〉の3段階それぞれ9等級,あわせて27等級に分類され,後世の道教教理学にうけつがれた。
執筆者:吉川 忠夫
日本でも,中国の神仙思想の流入により仙人の伝承が成立した。〈仙人〉とよばれた人としては,久米(くめ)の仙人,金峰山で修行した陽勝仙人,播磨の法道仙人などが有名である。また,《今昔物語集》や《本朝神仙伝》などには,仙人とはよばれないが,飛行自在で験力をもつ山林修行者(役行者(えんのぎようじや),泰澄など)が数多く登場する。彼らはしばしば護法を使い,飛鉢譚(ひはつたん)を伴う行者としてあらわされており,後の天狗のイメージの形成にも関係があろう。
執筆者:村下 重夫
サンスクリット語のリシṛṣiが仙人にあたり,〈詩聖〉〈聖仙〉とも訳される。今日伝えられているすべてのベーダの詩節は,人間などによって創作されたものではなく,無始以来永遠に存在してきたベーダを,太古の詩聖たちが,いわば神秘的霊感によって聞き取ったものだとされている。彼らは,通常,俗界を離れ,山林などに庵を結んで住み,樹の皮などを衣とし,長髪である。苦行を修し,空中飛行,千里眼などの超能力をそなえ,ふだんは温厚であるが,ささいなことで激しい怒りを発し,雨を降らせないなど,国中を困窮に陥れることもあるという。詩聖として有名なのは〈七詩聖〉(サプタルシ)で,北斗七星になぞらえられている。その7人は,《シャタパタ・ブラーフマナ》によれば,ガウタマ,バラドバージャ,ビシュバーミトラ,ジャマッドアグニ,バシシュタ,カシヤパ,アトリであり,《マハーバーラタ》によれば,マリーチ,アトリ,アンギラス,プラハ,リトゥ,プラスティヤ,バシシュタである。司祭階級であるバラモンは,ベーダ相伝の系譜を示すものとして,太古の詩聖を祖とする名前を有する。たとえば,アトリを祖とする者は,アートレーヤ(アトリの末)という名前を有する。この名前を,プラバラ名(ないしゴートラ名)という。
執筆者:宮元 啓一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
漢民族の古くからの願望である不老不死の術を体得し、俗世間を離れて山中に隠棲(いんせい)し、天空に飛翔(ひしょう)することができる理想的な人をいう。僊人とも書く。中国、戦国末(前3世紀)に山東半島を中心とする斉(せい)・燕(えん)(山東省、河北省)の地に発生した神仙説が、その後、陰陽家(いんようか)の説を取り入れた方士(ほうし)(呪術(じゅじゅつ)の実践者)によって発展し、さらに道家思想と混合して成立した道教によって想像された。『史記』の「秦始皇本紀(しんしこうほんき)」18年に「斉人徐(じょふつ)、上書していう、海中に三神山あり、名づけて蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)という。僊人(せんにん)これにいる。請(こ)う斎戒(さいかい)して童男女とともにこれを求むることを得ん、と。ここにおいて徐をして童男女数千人を発し、海に入りて僊人を求めしむ。」と記され、すでに秦代に海中の三神山に僊人がいると考えられていた。漢の武帝も、この僊人を尊んで、封禅(ほうぜん)(天子が行う天地の祭り)を修め、祀祠(しし)を設けている。仙人は、初め僊人といわれていた。の意味は、『説文解字(せつもんかいじ)』には「高きに升(のぼ)るなり」とあり、遷も「高きに登渉する」とある。僊の本義も「飛揚升高」で、これらはいずれも「高い所に昇ること」であった。そこで僊人とは、人間が高い所に昇って姿を変えた者と考えていたと思われる。仙の字も『釈名(しゃくみょう)』「釈長幼」に「老いて死せざるを仙という。仙は遷なり。山に遷入するなり」とあるので、世俗を離れて山中に住み、修行を積んで昇天した人を仙人と考えていた。この仙人も、六朝(りくちょう)時代になると、服用する仙薬などによっていろいろな段階があるとされた。『抱朴子(ほうぼくし)』では、天仙・地仙・尸解仙(しかいせん)(魂だけ抜けて死体の抜け殻となるもの)の三つに区分し、そして、仙人になる方法として、導引(どういん)(呼吸運動)、房中術(ぼうちゅうじゅつ)、薬物、護符、精神統一などがあるとしている。
中国には多くの仙人がおり、『荘子(そうじ)』には、800年も生きた彭祖(ほうそ)や、崑崙山(こんろんさん)に住む西王母(せいおうぼ)が記され、『史記』の「封禅書(ほうぜんしょ)」や『漢書(かんじょ)』の「郊祀志(こうしし)」には、安期生(あんきせい)、羨門子高(せんもんしこう)、宋母忌(そうむき)、正伯僑(せいはくきょう)、克尚(こくしょう)などの古仙人の名がみえる。また、それらを人間に仲介する方士(ほうし)としては、盧生(ろせい)、韓衆(かんしゅ)、李少君(りしょうくん)などが出ている。仙人の伝を記した最初の書は、前漢末に劉向(りゅうこう)が撰(せん)したとされる『列仙(れつせん)伝』で、そこには赤松子(せきしょうし)、馬師皇(ばしこう)、黄帝(こうてい)、握佺(あくせん)など70余人が記されている。また続いて出た葛洪(かっこう)の『神仙伝』にも、広成子(こうせいし)、老子(ろうし)、彭祖、魏伯陽(ぎはくよう)、河上公(かじょうこう)など92人の伝がみえる。そのほか『続仙伝』(南唐、沈汾(ちんふん)撰)、『仙伝拾遺(せんでんしゅうい)』(前蜀(ぜんしょく)、杜光庭(とこうてい)撰)、『集仙伝』(宋(そう)、曽慥(そぞう)撰)などがあり、『雲笈七籤(うんきゅうしちせん)』にも仙人の伝がある。清(しん)の『古今図書集成』「神異典」には、上古より清初までの仙人、1153人が網羅されており、中国にいかに多くの仙人がいたかを示す。
インドの仙人は、サンスクリット語でリシi、パーリ語ではイシisiといい、「聖仙」「聖人」「賢者」などとも漢訳されているが、これらは、中国の仙人の観念が仏教経典のなかに持ち込まれたものであろう。『マヌ法典』は、マリーチ仙など34人の偉大な仙人、すなわち大仙(たいせん)(マハリシmahai)をあげており、また7人の大仙の名もよくあげている。原始仏教経典の詩句(頌(じゅ))では、釈尊(しゃくそん)や諸仏のことも仙人の一種とみなしている。
中国およびインドの仙人は日本にも伝わり、天平(てんぴょう)年間(729~749)に三仙人とよばれた大伴(おおとも)仙人、安曇(あずみ)仙人、久米(くめ)仙人の伝説がみえている。大江匡房(まさふさ)の『本朝神仙伝』には、弘法(こうぼう)大師(空海)、沙門(しゃもん)日蔵、慈覚(じかく)大師(円仁(えんにん))などの僧が仙人とされ、虎関師錬(こかんしれん)の『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』神仙の項にも白山明神(はくさんみょうじん)、新羅(しんら)明神、法道(ほうどう)仙人、陽勝(ようしょう)仙人など13人の伝が記されている。
[中村璋八]
『村上嘉実著『中国の仙人』(1956・平楽寺書店)』▽『本田済・沢田瑞穂・高馬三良訳『中国の古典シリーズ4 抱朴子/列仙伝・神仙伝/山海経』(1973・平凡社)』
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…古代に伝承された仙人。《今昔物語集》巻十一によれば,昔,大和の国吉野に竜門寺という寺があり,安曇(あずみ)と久米の2人が仙術を修行していた。…
…中国,道教における仙人になる方法の一つ。晋の葛洪(かつこう)の《抱朴子》では,現世の肉体のまま虚空に昇るのを天仙,名山に遊ぶのを地仙,いったん死んだ後,蟬が殻から脱け出すようにして仙人になるのが尸解仙であるとし,尸解仙を下位に置く。…
…中国において,肉体を人間ならざるものに改造し,仙人となることを目的として行われる修練の方法。《荘子》には〈吹呴(すいく)呼吸〉とか〈吐故納新〉とかよばれる呼吸術や〈熊経鳥申(ゆうけいちようしん)〉とよばれる体操術を行って長生につとめる実修者の記述がある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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