十日外面(読み)とおかども

日本歴史地名大系 「十日外面」の解説

十日外面
とおかども

[現在地名]長島町十日外面

長島輪中にあり西外面にしども村の南、伊尾いび(現揖斐川)沿いにあり、東にまつしま村がある。正保三年(一六四六)藩主松平(久松)定政が自ら奉行し、その潮止堤を一〇日間で落成させたので、十日新田といった。この東南角の大島おおじま村へ続く地で、寛文七年(一六六七)桑名宮通みやどおりの呉器屋八右衛門が開発した高六石余の小新田を十日付新田または呉器屋ごきや新田ともいった(長島細布)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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