千駄ヶ谷甲賀町(読み)せんだがやこうかまち

日本歴史地名大系 「千駄ヶ谷甲賀町」の解説

千駄ヶ谷甲賀町
せんだがやこうかまち

[現在地名]新宿区霞岳町かすみがおかまち

明治五年(一八七二)に百人組与力同心大縄地・日向飫肥藩伊東氏の下屋敷を合せて成立。成立時には北は千駄ヶ谷一丁目、南は青山北あおやまきた(現港区)など、東は千駄ヶ谷一丁目などであった。甲賀町の町名は百人組与力同心大縄地を甲賀百人組屋敷とよんだことによる。町域は正保江戸絵図では山岡主計同心地となっている。沿革図書では延宝年間(一六七三―八一)には百人組与力同心大縄地、および坪井小左衛門の抱屋敷となっており、百人組与力同心大縄地は幕末まで変化がない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 カスミ 改称

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む