原田保(読み)はらだほ

日本歴史地名大系 「原田保」の解説

原田保
はらだほ

康安二年(一三六二)二月九日の藤原為顕寄進状并上杉憲栄安堵状(善照寺文書)に「苅羽(郡)原田(保)」、また「同保内竹町分」とあるのが初出で、同保内の田が正寿しようじゆ寺へ寄進されている。以後寛正三年(一四六二)まで、善照ぜんしよう(現刈羽村)文書にのみ原田保の名があらわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む