原田保(読み)はらだほ

日本歴史地名大系 「原田保」の解説

原田保
はらだほ

康安二年(一三六二)二月九日の藤原為顕寄進状并上杉憲栄安堵状(善照寺文書)に「苅羽□(郡)原田□(保)」、また「同保内竹町分」とあるのが初出で、同保内の田が正寿(しようじゆ)寺へ寄進されている。以後寛正三年(一四六二)まで、善照(ぜんしよう)寺(現刈羽村)の文書にのみ原田保の名があらわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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