刈羽郡
かりわぐん
面積:二三四・三七平方キロ
高柳町・小国町・刈羽村・西山町
郡の南部は東頸城郡松代町地内に源を発する鯖石川水系の高柳町で、南は東頸城郡大島村・松代町、東は魚沼山地で中魚沼郡川西町、北は刈羽郡小国町・柏崎市、西は黒姫山(八八九・五メートル)の山系で柏崎市。北に一部接する小国町は、東頸城郡松代町地内に源を発する信濃川支流の渋海川水系に属し、柏崎市を含む旧刈羽郡と地勢は隔離する。南は大半を中魚沼郡川西町と接続し、東は魚沼山地で小千谷市、北は渋海川下流の三島郡越路町、西は柏崎市。郡北部は、間に柏崎市を挟んで南部とは隔離し、南に刈羽村、北に西山町が接続し、南は柏崎市、東は長岡市および刈羽山地で三島郡越路町、北は同郡出雲崎町、西は砂丘地帯で柏崎市と日本海に面する。中央部を鯖石川支流の別山川が南流する。
刈羽郡は「和名抄」越後国内七郡のうちにはみえず、三島郡が柏崎市を含む旧刈羽郡域と考えられる。ただし水系を異にする小国町は除く。三島郡が刈羽郡に名称を変えた年次は不明だが、正和二年(一三一三)一一月一四日の源光広和与状写(秋田家文書)には「越後国刈羽郷半分」とみえ、延文二年(一三五七)正月二五日の左衛門尉某打渡状(覚園寺文書)には「越後国刈羽郡」とみえる。
〔原始・古代〕
縄文前期の遺跡は刈羽村の刈羽貝塚、西山町の高塩遺跡など郡北部にみられる。郡南部では中期から晩期にかけての遺跡が著しくなり、遺跡地は現在集落地のある鯖石川・渋海川の沿岸とその支流の谷筋にみられる。しかし南部地域では弥生期の遺跡の発掘例は少ない。北部では、日本海沿いの高塩遺跡のように古墳時代前期の遺物も発掘されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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