原研吉(読み)ハラ ケンキチ

20世紀日本人名事典 「原研吉」の解説

原 研吉
ハラ ケンキチ

昭和期の映画監督



生年
明治40(1907)年3月24日

没年
昭和37(1962)年8月10日

出生地
山形県鶴岡市

本名
菅原 謙吉

学歴〔年〕
慶応義塾大学仏文科卒

経歴
松竹大船に入社し小津安二郎に師事する。昭和12年「軍国子守歌」で監督デビューするが評価されず助監督に戻る。1年後、清水宏・恒吉忠弥との共同作品「さらば戦場へ」で監督に復帰。代表作は16年の「碑」。「お世辞なしに映画監督には惜しい男前である」と雑誌に書かれるほどのスタイリストであった。他の作品に「美しい暦」(26年)「路傍の石」(30年)「花ふたたび」(31年)「痛快なる花婿」(35年)など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

機械メーカー。トヨタグループの総本家で,繊維機械のほかトヨタ自動車からの小型商用車の受託生産,エンジンその他の自動車部品,フォークリフトなどの産業用車両の生産も行なう。1926年豊田佐吉が,みずから発...

豊田自動織機の用語解説を読む