吉田大原遺跡(読み)よしだおおはらいせき

日本歴史地名大系 「吉田大原遺跡」の解説

吉田大原遺跡
よしだおおはらいせき

[現在地名]吉田町本名 大原軍の木原

三重みえ岳東方の台地縁辺部、吉田南中学校校庭内に立地し、標高一三八・三メートル。昭和二七年(一九五二)・同二八年に発掘調査が行われ、縄文時代早期の土器などが出土した。縄文早期、南九州に分布する貝殻文円筒形土器の一つである吉田式土器の標式遺跡。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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