和池村(読み)わちむら

日本歴史地名大系 「和池村」の解説

和池村
わちむら

[現在地名]村岡町和池

森脇もりわき村の西にある。和地とも書き、集落は瀞川とろかわ(一〇三九・二メートル)の東麓、和池川と支流高坂たかさか川の合流点付近に発達。南西いけなる村。当村および森脇村・池ヶ平村・高坂村の四ヵ村を合せて和池株ともいう。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」に「わち村」とみえ、当地には「にし殿」が住していた。慶長六年(一六〇一)の山名豊国知行目録(池田家文書)に村名があり、高五九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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