四十間堀川反町(読み)しじつけんぼりかわばたまち

日本歴史地名大系 「四十間堀川反町」の解説

四十間堀川反町
しじつけんぼりかわばたまち

[現在地名]秋田市おお町六丁目

四十間堀とあさひ川が交わる川端にあり、北は舟大工ふなだいく町、南は鍛冶町上川反かじまちかみかわばたに接する。町割は川反諸町と前後し、元和年間(一六一五―二四)と思われ、旭川水運の利を占めたことも同様である。「山方内匠泰該御家老勤中日記」(国典類抄)宝暦三年(一七五三)二月一四日条に「五町目橋ヨリ馬苦労町橋迄数百間相済橋無之」と、不便のため四十間堀川反町から対岸かめの丁曲輪・亀の丁西土手にしどて町へ架橋する許可を幕府に乞うたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 みえ

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む