城塚村(読み)じようづかむら

日本歴史地名大系 「城塚村」の解説

城塚村
じようづかむら

[現在地名]宇土市城塚町

東は伊津野(いつの)村、北は篠原(ささはら)村、西は網津(あみづ)村・網引(あびく)村に接し、平坦地に乏しい。中央に前田(まえた)、北に井樋口(いびぐち)、南に旧復(きゆうふく)、南西に萱古場(かやこば)、北西に馬通(ばどおり)などの字地がみえる(郡村誌)。慶長国絵図に村名がみえ、近世は郡浦手永に属した。「国誌」に「中尾村新村等小村有」とあり、天保八年(一八三七)の郡浦手永略手鑑によると宇土知行所の村で、竈数五七・人数二八二・役男七二、本方高六九七石八斗余、田二八町四反四畝余・畑二四町一反八畝余、新地畑六畝余、永荒田畑八反八畝余、諸開五反四畝余や茶床がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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