コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

多田満仲 タダノマンジュウ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

多田満仲
ただのみつなか

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の多田満仲の言及

【箱根[町]】より

…例えば二子山の山すそにある六道地蔵は3mを超す半肉彫で,正安2年(1300)8月8日の銘がある。その向い側の精進(しようじん)池の池畔には多田満仲の墓と称する大宝篋印塔(ほうきよういんとう)(正安2年8月21日供養導師良観上人(忍性)銘)や二十五菩薩と呼ばれる石仏群(永仁元年(1293)8月18日銘)がある。ほかに芦ノ湯に近い所に曾我兄弟ならびに虎御前の墓と伝える3基の五輪塔(うち1基に永仁3年12月銘)もあり,これらの石仏群は国の史跡に指定されている。…

【満仲】より

…作者不明。多田満仲(源満仲(みつなか))は子の美女御前(びじよごぜん)を中山寺(摂津国川辺郡)に登らせたが,早業,相撲,力業などのまねごとをし,乱暴ばかり働いて,いっこうに経典や学問に心を向けなかった。数年たって,満仲は藤原仲光という郎等を使いに立て,美女御前を呼び下ろして経文を読ませるが少しも読めない。…

【源満仲】より

…986年(寛和2)の花山天皇出家事件では満仲が警固に当たったといわれ,994年(正暦5)の大規模な盗賊追捕(ついぶ)でも満仲とその一族が中心になっていた。摂津守となって摂津多田を本拠とし,ここに多田院を創立したことから多田満仲(ただのまんぢゆ)と呼ばれた。この本拠地に多くの郎等を養っていた様子が《今昔物語集》に記されているが,これは物語が成立した12世紀ごろの武士団の投影と思われる。…

※「多田満仲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

多田満仲の関連キーワード千光寺(広島県)芦ノ湯[温泉]芦ノ湯温泉多田神社浄瑠璃寺能勢妙見多田寺保科氏水野氏広済寺多田箱根鬼切満仲

今日のキーワード

きらきらネーム

俗に、一般的・伝統的でない漢字の読み方や、人名には合わない単語を用いた、一風変わった名前のこと。名字についてはいわない。どきゅんネーム。[補説]名前に使用する漢字は、戸籍法により常用漢字・人名用漢字の...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android