大披村(読み)おおびらきむら

日本歴史地名大系 「大披村」の解説

大披村
おおびらきむら

[現在地名]大館市真中まなか 大披

大館盆地の西部を北流する引欠ひかけ川流域に位置し、西部に広い山地をもつ。記録上の初見は享保一四年(一七二九)の黒印高帳(秋田県庁蔵)であるが、正保四年(一六四七)の出羽一国絵図には大披村の位置に小袴の内小館村とある。天正一九年(一五九一)の出羽国秋田郡知行目録写(秋田家文書)にみえる「立村」は大披村付近と推測される。「郷村史略」には、「古館屋敷あり 武田太郎作と云者居せりと云(中略)武田長左衛門といふ者肝煎を勤る事十六代 今の屋敷則古館也」とあることから推して、中世後期から開村していたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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