大森垣外村(読み)おおもりがいとむら

日本歴史地名大系 「大森垣外村」の解説

大森垣外村
おおもりがいとむら

[現在地名]守山区大森垣外

西を大永寺だいえいじ村と接する。寛文一一年(一六七一)の家数二七、人数男九一・女一一一(寛文覚書)。「徇行記」によれば、田は一〇町六反二畝弱、畑は一一町四反五畝弱で、概高四〇六石余のうち二六六石余が藩士三人の給知。「寛文覚書」には大森海道村と記され、「徇行記」は「大森海道トモ書ケリ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 中略

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む