大樟浦(読み)おこのぎうら

日本歴史地名大系 「大樟浦」の解説

大樟浦
おこのぎうら

[現在地名]越前町大樟

小樟ここのぎ浦の南、道口みちぐち浦の北にある。天正一二年(一五八四)七月一日付大樟浦縄打目録(「福井県史」所収)に浦名がみえ、正保郷帳では「大くぬぎ浦」と訓じられ高五〇・一一七石はすべて畠方。大野藩領で、慶長三年(一五九八)の家数は三〇(越前町史)、宝永二年(一七〇五)の酉年宗旨人別五人組御改帳(「越前宗門帳」所収)によると家数六〇、男一四九人・女一四〇人、船一〇艘。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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