大沢基寿(読み)おおさわ もととし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大沢基寿」の解説

大沢基寿 おおさわ-もととし

?-? 幕末-明治時代の武士,大名
文久2年(1862)遠江(とおとうみ)(静岡県)堀江に陣屋をかまえる高家(こうけ)の大沢家(3556石)をつぐ。皇女和宮(かずのみや)降嫁の付添役,将軍徳川慶喜(よしのぶ)の大政奉還上奏文の使者役をはたす。新政府に浜名湖埋め立て予定地をふくむ架空・虚偽の領地1万6石を上申し,明治元年堀江藩主となった。4年不正が露見,華族から士族におとされ,禁固1年の刑に服す。名は「もとひさ」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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