…青陰城をはじめとして現在因島に残る中世の城跡は,ほとんどが村上氏の築城と伝えられる。また1468年(応仁2)に明に渡った天与清啓の記録《戊子入明記》には,渡唐船の一艘として〈隠島熊野丸六百斛〉が記されており,因島が早くから海運の拠点であったことは他の史料からもうかがわれる。村上水軍【外園 豊基】。…
…信濃国開善寺の僧天与清啓が,1468年(応仁2)に渡航した遣明使の正使となったときの記録。過去の先例も参考として含まれている。…
※「天与清啓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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