…青陰城をはじめとして現在因島に残る中世の城跡は,ほとんどが村上氏の築城と伝えられる。また1468年(応仁2)に明に渡った天与清啓の記録《戊子入明記》には,渡唐船の一艘として〈隠島熊野丸六百斛〉が記されており,因島が早くから海運の拠点であったことは他の史料からもうかがわれる。村上水軍【外園 豊基】。…
…信濃国開善寺の僧天与清啓が,1468年(応仁2)に渡航した遣明使の正使となったときの記録。過去の先例も参考として含まれている。…
※「天与清啓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...