… 春秋戦国時代には大国による併合がすすみ,淮河流域は楚に併合され,その範囲はしだいに南方へ拡大した。戦国末期,秦の侵入を受けた楚は都を寿春に移し郢(えい)と称したが,現在の寿県付近には楚の遺跡が多く,丘家花園で発見された鄂君敬節(がくくんけいせつ)は,古代楚国の状況を知るうえで貴重な金石史料である。これに対し長江流域は呉の影響圏にあり,江・淮の間で両国が衝突を繰り返した。…
…春秋の末に呉の侵入に備えて鄀(じやく)(湖北省宜城県北東)に遷都した一時期を除き戦国までつづく。しかし戦国も末になると秦に攻められて前278年には陳(河南省淮陽県)に,前253年には鉅陽(きよよう)(安徽省阜陽県北西),前241年には寿春(安徽省寿県)に都を移したが,前223年ついに秦に滅ぼされた。鄀も寿春も郢とよばれており,楚はどこでも都を郢とよんだようである。…
※「寿春」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
1/28 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新