巣原村(読み)すはらむら

日本歴史地名大系 「巣原村」の解説

巣原村
すはらむら

[現在地名]大野市巣原

姥(うば)ヶ岳の西麓、雲(くも)川沿いにある。北に銀杏峰(げなんぽ)がそびえ、西は巣原峠を越えて今立郡美濃俣(みのまた)村(現池田町)に至る。奥池田三村の一。村は羽付(はつき)・奥巣原(おくすはら)・上野(うわの)の三集落よりなり、「越前地理指南」に「三ケ所居ス」とみえる。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「西四郷」に含まれる。正保郷帳によれば畠方のみ五石余。慶応三年(一八六七)の越濃国境経験略図(松平文庫蔵)に「羽付 家数四・五軒、奥須原 家数廿五・六軒、上野 家数十一軒」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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