幸万名(読み)こうまんみよう

日本歴史地名大系 「幸万名」の解説

幸万名
こうまんみよう

牛屎うしくそ院の一名で、大字さとのうちの通称幸万屋敷に比定する説がある(大口市郷土誌)。薩摩国建久図田帳には島津庄寄郡牛屎院三六〇町(惣地頭島津忠久)のうちとして、「幸万五十五町 嶋津御庄方弁済使」とある。永享六年(一四三四)正月二六日の本田重経・平田氏宗連署坪付(樺山文書)によれば、樺山氏に宛てられた浮免のうちに、「幸満之内」の東垣本・鴨ノ子、同所内迫の原田柳田・大籠・松ヵ迫まつヵさこ、同所内テシノ木の五反田ごたんだの計三町三反がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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