引谷村(読み)ひくたにむら

日本歴史地名大系 「引谷村」の解説

引谷村
ひくたにむら

[現在地名]徳地町大字引谷

佐波川の支流引谷川流域の山間村。北は船路ふなじ、西は仁保上郷にほかみごう仁保下郷(現山口市)、東は八坂やさか、南はほりの各村と接する。村の南部には五〇〇メートル以上の白石しらいし山・狗留孫くるそん山がそびえ、集落は村のほぼ中央を東流する引谷川の谷筋に点在する。萩藩領で徳地宰判に属した。

元徳二年(一三三〇)二月付の周防阿弥陀寺文書に「下徳地保引谷山木津事」とあり、また永正七年(一五一〇)一一月一二日付の防州佐波郡山行事職補任状(「寺社証文」所収周防阿弥陀寺文書)に「周防州佐波郡三谷引谷之」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む