仁保下郷(読み)にほしもごう

日本歴史地名大系 「仁保下郷」の解説

仁保下郷
にほしもごう

[現在地名]山口市大字仁保中郷(にほなかごう)の全域と大字仁保下郷の大部分

仁保上郷(にほかみごう)の南西、宮野(みやの)村の東に位置する。村内北東部を椹野(ふしの)川支流の仁保川が流れる。山口宰判所属。

中世には京都法勝(ほつしよう)寺領の荘園仁保庄の中心地で、建久六年(一一九五)九月の周防宮野荘立券文(上司家文書)を初見に以後の史料に散見する。仁保庄には五ヵ郷があったらしく(文永七年八月「関東下知状案」三浦家文書)、仁保郷・深野(ふかの)郷・永野(ながの)郷などが知られるが、仁保下郷村は仁保郷のうちの南半分であったらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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