日本歴史地名大系 「御用部屋日記」の解説
御用部屋日記
ごようべやにつき
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…江戸幕府の各セクションは,時代によって精粗はあるが,それぞれ業務上のことを備忘のため記録した。それらのなかで幕府政務の中枢である御用部屋の日記(《御用部屋日記》)と,本丸・西丸の奥右筆が記した日記(《右筆所日記》)がもっとも基本的なものである。それには将軍または世嗣の動静を中心に,諸行事・人事・法令などが巨細に記されている。…
…初期は将軍御座間(ござのま)の近くにあったが,老中・若年寄の側近的性格が薄れた中期以降は,1684年(貞享1)大老堀田正俊の刺殺事件をきっかけに,将軍の日常生活空間である中奥(なかおく)から表に移された。大名家の江戸屋敷や藩庁でも,家老が執務する部屋を御用部屋といい,ここで処理された案件を右筆が記録したのが,いわゆる《御用部屋日記》である。【高木 昭作】。…
※「御用部屋日記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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