志免村(読み)しめむら

日本歴史地名大系 「志免村」の解説

志免村
しめむら

[現在地名]志免町志免・志免一―四丁目・志免中央しめちゆうおう一―四丁目・石橋台いしばしだい志免東しめひがし一丁目・まつおか東公園台ひがしこうえんだい一―二丁目・田富たどみ二丁目

南里みなみざと村の南、宇美うみ川中流域に位置し、東は旅石たびいし(現須恵町)、西は席田むしろだ下月隈しもつきぐま(現福岡市博多区)。小早川時代の指出前之帳では志免村の田四九町余(分米四六二石余)・畠六町五反余(分大豆一九石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高一千四六三石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高一千五三〇石余、家数一二五・寺二・社一、人数六六二(田圃志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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