志免村(読み)しめむら

日本歴史地名大系 「志免村」の解説

志免村
しめむら

[現在地名]志免町志免・志免一―四丁目・志免中央(しめちゆうおう)一―四丁目・石橋台(いしばしだい)・志免東(しめひがし)一丁目・松(まつ)ヶ丘(おか)・東公園台(ひがしこうえんだい)一―二丁目・田富(たどみ)二丁目

南里(みなみざと)村の南、宇美(うみ)川中流域に位置し、東は旅石(たびいし)村(現須恵町)、西は席田(むしろだ)郡下月隈(しもつきぐま)村(現福岡市博多区)。小早川時代の指出前之帳では志免村の田四九町余(分米四六二石余)・畠六町五反余(分大豆一九石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高一千四六三石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高一千五三〇石余、家数一二五・寺二・社一、人数六六二(田圃志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 田富 宇美 岩崎

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む