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恵心僧都 けいしんそうず

美術人名辞典の解説

恵心僧都

平安中期の天台宗の僧。恵心流の祖。大和生。諱は源信、恵心僧都は通称。良源に師事し、顕密二教を学ぶ。また『往生要集』を著し、以後の浄土宗信仰の展開に大きな影響を与え、宋でも高く評価された。寛仁元年(1017)寂、76才。

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百科事典マイペディアの解説

恵心僧都【えしんそうず】

源信

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

恵心僧都 えしんそうず

源信(げんしん)
【格言など】人かずならぬ身のいやしきは,菩提を願うしるべなり(「横川法話」)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

恵心僧都
えしんそうず

源信」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

恵心僧都
えしんそうず

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世界大百科事典内の恵心僧都の言及

【卜部氏】より

…この一族は代々学者を輩出し,鎌倉時代には,兼頼の子兼文が《古事記裏書》,その子兼方(懐賢)が《釈日本紀》を著すなど,歴史書の研究に優れた業績を残していた。なお平安時代の浄土教の恵心僧都源信は,大和国葛下郡の占部正親の子と伝えられている。 兼熙の10世兼治の次男兼従は雲上家の卜部萩原姓を名のり,萩原員従の次男従久より錦織家(にしごりけ)が分かれた。…

【源信】より

…平安中期の天台宗の学僧。浄土教家として著名で,恵心僧都(えしんそうず),横川(よかわ)僧都とも称された。大和国(奈良県)当麻郷に生まれ,父の名は卜部正親,母は清原氏。…

※「恵心僧都」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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