仏教の根本理念で,サンスクリットbodhiの音訳であるが,訳して覚,智,道などとする。仏教はすべて菩提の何たるかを説き,菩提を獲得するのを目的として,その実践修行の方法を説く宗教である。したがって仏教の礼拝対象は菩提を得た〈覚者〉,すなわち仏陀buddhaで,略して〈仏(ぶつ)〉という。そこでこの覚者は何を覚るかが菩提の内容になるが,それは諸法皆空,すべて存在するもの(色)には実体がない(空)という真理である。しかし諸法皆空を覚った覚者から見ると,存在するものは有も空も超越した実在そのものであるから諸法実相である。このような一段高められた菩提では,色即是空であるとともに空即是色なので,おなじ菩提でも浅深の差があることがわかる。一方は否定的な覚であり,一方は肯定的な覚で,いずれも存在に執着と煩悩がない点で菩提なのである。仏教はその発展段階において否定的覚から肯定的覚になったが,おおざっぱにいって否定的覚は小乗仏教であり,肯定的覚は大乗仏教である。そこで《大智度論》などは3種の菩提や5種の菩提を説く。そして小乗の声聞の菩提と縁覚の菩提は執着や煩悩を滅尽しているけれども,真の菩提ということはできず,大乗の仏と菩薩の菩提のみが阿耨多羅三藐(あのくたらさんみやく)三菩提anuttarasamyak-saṃbodhiである。これは無上正等正覚と訳されるが,すべての段階の菩提を越えて,最高にして正しく,遍(あまね)き正覚だというのである。しかし以上は仏教における理想の追求であり,これを達成すれば迷える衆生(有情)と隔絶した実在となるので,菩提に達しながらしかも衆生とともに生きる菩提薩埵が,実践的仏教の目標になった。
菩提薩埵 bodhi-sattvaは〈覚有情〉と訳し,略して菩薩という。日本では聖徳太子が菩薩を理想としたので,日本仏教の本質は菩薩道であり,在家仏教であり,半僧半俗の聖(ひじり)の仏教となった。また菩提という語も死者の鎮魂の意味にもちいられ,死者がこの世への執着や怨恨のために荒れすさび,迷い苦しむことがないように,経典や陀羅尼,念仏,香華灯明,閼伽(あか)茶湯,仏供などの供養をすることを,〈菩提を弔う〉という。一般の日本仏教の寺院は,インド仏教のように修行者が菩提を成ずる修行の場であるよりは,死者の菩提を弔う菩提所の機能を果たしてきたし,今もそのために存立している。これは日本仏教が在家仏教,聖の仏教に変質したとおなじ菩提の変質であるが,そのために菩提寺としての寺院が建立され,菩提を弔うための仏像,経典などの仏教文化ができた。
執筆者:五来 重
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サンスクリット語のボーディbodhiの音写。ボーディはブッドフbudh(目覚める)からつくられた名詞で、真理に対する目覚め、すなわち悟りを表し、その悟りを得る知恵を含む。その最高は阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)で無上等正覚(むじょうとうしょうがく)と訳す。この語が、仏教の理想であるニルバーナnirvāa(涅槃(ねはん))と同一視されるようになり、のちニルバーナが死をさすようになると、それらが混合して、「菩提を弔う」といわれ、それは「死者の冥福(めいふく)を祈る」意味となった。
[三枝充悳]
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…そのためには,この世の〈苦〉の真相とその克服法についての真実(サティヤsatya,〈諦(たい)〉)の知(ビドゥヤーvidyā,〈明(みよう)〉)を得なければならないとする。その真実の知を仏教では悟り(ボーディbodhi,菩提(ぼだい),覚(かく))といい,それを得た人をブッダbuddha(仏陀,覚者)といい,悟りの境地をニルバーナnirvāṇa(涅槃(ねはん))という。 仏教以降に出た諸派の解脱観については,たとえばサーンキヤ学派,ヨーガ学派は,自己の本体であるプルシャpuruṣa(純粋精神)を,身体(ふつうの意味での意識も含む)や外界など物質的なものから完全に区別して知ること(区別知,ビベーカviveka)によって,純粋精神が物質的なものから完全に孤立すること(独存(どくそん),カイバルヤkaivalya)が解脱であるとし,ベーダーンタ学派は,自己の本体であるアートマンātman(我(が))が実は宇宙の本体であるブラフマンbrahman(梵)と同一であると明らかに知ること(〈明〉)によって解脱が得られるとするが,いずれにしても,真実の知によって解脱が得られるとする点では,基本的に上述の仏教の考え方と軌を一にする。…
…釈尊自身は,いよいよ深い禅定を体得していって過去・未来・現在にわたる自我的存在を放捨しきったところで,いまここに〈解脱〉して自由になるとか〈涅槃〉に入るとかと説かれた。仏弟子たちの教団は,釈尊を〈仏陀(目覚めた人)〉とよんだり,釈尊の悟りを〈菩提(目覚め)〉とよぶようになり,また他方で釈尊の教えをまとめた〈四諦〉の真理を〈現観〉して〈無漏解脱〉を得るとか,〈(十二支)縁起〉の真理を〈観〉じて〈正等覚〉するとか,などと説くようになった。大乗仏教においては仏や菩薩を賛嘆しつづけて三昧に入り,諸仏にまみえて〈不退転〉になるとか〈無生法忍〉を得るとか,さらには輪廻的存在の根拠が消滅し新しく涅槃的存在の根拠が〈転依〉するなどとも説かれた。…
…そして,このような宗教的立場からその真理性が強調されている〈道教〉の思想概念を同じく宗教的立場から自己の宗教をよぶ言葉として採り入れているのは,紀元前後にインドから中国に伝来してきた仏教であった。 インド伝来の仏教が中国において自己の教を〈道教〉とよぶにいたるのは,仏教の哲学の根本概念であるサンスクリット語のbodhi(菩提)が老荘道家の哲学の根本概念である〈道〉を用いて漢訳されることなどから,〈菩提の教〉が〈道の教〉すなわち〈道教〉とよばれるようになるわけであるが,三国魏の時代に漢訳されて訳文中に4ヵ所も〈道教〉の語が無量寿仏の教すなわち仏教を意味して使用されている《仏説無量寿経》の場合には,訳文中の〈彼の仏国土は無為自然,天下和順にして日月は清明なり〉〈是(か)くの如きの衆悪は天神これを記識す……天道は自然〉〈積善の余慶は今にして人と為るを得〉などの字句表現が端的に示しているように,そのいわゆる〈仏の宣(の)べ布(ひろ)めて諸もろの疑網を断つ道教〉〈普(あま)ねく群萌(もろびと)をして真法の利を獲しむる道教〉は,《墨子》のいわゆる真正の〈先王の道教〉,《老子想爾注》のいわゆる〈真道〉の教としての道教とまったく共通の思想史的基盤に立つものと見てよい。そして,このことは《仏説無量寿経》の場合ほど極端ではないにしても,この時期の漢訳仏典に訳語として用いられている〈道教〉の言葉(概念),たとえば姚秦(後秦)の竺仏念訳《菩薩瑶珞(ようらく)経》の〈心意に因らずして道教を発するを得たり〉,同じく僧肇(そうじよう)の《注維摩詰(ゆいまきつ)経》の〈光を塵俗に和らげ,因りて道教を通ず〉などに関しても同じように指摘することができる。…
…なお,発祥の地インドでは13世紀に教団が破壊され,ネパールなどの周辺地域を除いて消滅したが,現代に入って新仏教徒と呼ばれる宗教社会運動が起こって復活した。また欧米の宗教活動は,日本から伝わった禅,スリランカの大菩提会(だいぼだいかい),およびチベット人移民によるものがおもなものである。
[教祖――釈迦]
釈迦はヒマラヤ山麓のカピラバストゥを都とする釈迦族の王子として生まれたが,29歳のとき,人生の苦悩からの解脱を求めて出家し,6年苦行の後,35歳にして,マガダ国ガヤー城郊外において菩提樹下で禅定に入り,苦悩の起こる原因と,その克服に関する縁起の理を悟ってブッダ(〈悟れる者〉の意)となった(成道(じようどう))。…
※「菩提」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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