我田村(読み)わがたむら

日本歴史地名大系 「我田村」の解説

我田村
わがたむら

[現在地名]可児市久々利くくり

久々利村本郷の北、岡本おかもと山の北側の栃洞とちぼら北洞きたぼらなどの小さな洞が連なる山に囲まれた村。久々利七郷の一。慶長郷帳などには久々利村として一括記載され、尾張藩領。寛永年間(一六二四―四四)の御両家并九人衆高概免覚書(西山文書)に村名がみえ、高九六石。うち九〇石が千村重秀の給地。「士林泝(蓬左文庫蔵)によれば重秀の子正吉のとき他の九人衆とともに寛文七年(一六六七)名古屋城下へ移住。翌八年正吉は藩より追捕され終身禁固となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む