… 近世,徳川幕府の鎖国政策は西洋との交易の窓口を長崎の出島に限定したが,藩米の大坂移送,大坂から諸国への諸物品の移送のため,沿岸の泊,湊の整備が進み,とくに日本海から関門海峡を経て大坂に至る西回りおよび日本海から津軽海峡を経て江戸に至る東回りの航路はよく発達し,沿岸の湊は海の宿場としても繁栄した。なお,この時代,土佐では野中兼山らによって河口の岩盤の入江を掘削して,津呂,手結,室戸の各港が整備されたが,これらは現在の掘込港湾の先駆ともいえるもので,藩の殖産に寄与したばかりでなく,技術史上も価値の高いものであった。 鎖国政策の転換とともに,1859年(安政6)の長崎,神奈川,箱館,67年(慶応3)の兵庫,翌年の新潟などいわゆる5港の開港となり,さらに大阪開市が勅許された。…
※「掘込港湾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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