…この風習は江戸時代まで続き,元禄期(1688‐1704)ころまでは頭上を広く剃り上げ,後期になるに従い剃り上げの部分が徐々にせまくなる傾向にあった。武士から始まった月代の風習は江戸時代の太平の世にも行われ,一般男子に定着して1871年(明治4)の断髪令まで続いた。髪形【橋本 澄子】。…
…なお,江戸の床屋は,首筋から耳孔まで細いかみそりでするなど,万事に仕事がていねいで,〈上方の存在(ぞんざい)なる髪月代とは雲泥の相違〉と西沢一鳳は《皇都午睡》(1850)に記している。髪結【鈴木 晋一】 1871年(明治4)のいわゆる断髪令は,一般には斬髪(ざんぱつ)は〈勝手たるべし〉という文字にもかかわらず半ば強制的な意味に受け取られていた。しかし斬髪の風はこれ以前に行われており,海外渡航者や横浜の太田陣屋に駐屯する福井藩士が洋式調練の際,いち早く斬髪していた。…
※「断髪令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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