日輪之庄(読み)ひわのしよう

日本歴史地名大系 「日輪之庄」の解説

日輪之庄
ひわのしよう

現日和佐(ひわさ)町から由岐町木岐(きき)にかけての一帯とする説があるが、明らかではない。康正二年(一四五六)二月の宥染願文案(二階堂氏文書)に「阿州日輪之庄」とみえ、当庄岐々之村新福(しんぷく)寺配下の藤原広次郎兵衛門頭長が熊野本宮御師の二階堂氏と師檀契約を結んでいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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