杉塚村(読み)すぎづかむら

日本歴史地名大系 「杉塚村」の解説

杉塚村
すぎづかむら

[現在地名]筑紫野市杉塚一―七丁目・天拝坂(てんぱいざか)一―六丁目・塔原西(とうのはるにし)一丁目

塔原村の北、天拝山北麓にある。北は向佐野(むかいざの)村(現太宰府市)、西は大佐野(おおざの)村(現同上)。小早川時代の指出前之帳では杉塚村の田二五町五反余(分米二一〇石余)・畠六町二反余(分大豆五八石余)。慶長六年(一六〇一)三月一八日、杉塚村三二〇石余が久野二右衛門(重綱)の給知となる(「黒田長政知行目録」久野家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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