柄久野原(読み)からくのはら

日本歴史地名大系 「柄久野原」の解説

柄久野原
からくのはら

現郡山市田村町地区から須賀川市北部にかけての平地に比定される中世地名。田村庄に含まれ、観応三年(一三五二)一〇月二九日の吉良貞家吹挙状(伊勢結城文書)などに唐久野・柄久野原などとみえ、北朝吉良貞家に属した結城朝常・伊賀光長・国魂隆秀・石河兼光らが、同年七月三日当地で南朝の北畠顕信方と戦っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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