椒銅山村(読み)はじかみあかがねやまむら

日本歴史地名大系 「椒銅山村」の解説

椒銅山村
はじかみあかがねやまむら

[現在地名]竹野町椒(はじかみ) 銅山(あかがねやま)

気多(けた)郡に属し、竹野川支流三椒(さんしよ)川の中流域に位置する。北は美含(みくみ)郡二連原(にれんばら)村、南西は椒下(はじかみしも)村。椒四ヵ村の一で、元禄一一年(一六九八)の御国絵図御用ニ付道法書上帳(冨森家文書)に、「椒銅山村ハ八拾壱年以前午ノ年村始リ申候、四拾年以前ニ銅山村ニ御制札初而立申候」とある。同九年の庄屋年寄等改帳(同文書)には当村の庄屋・年寄が記され、いずれも四七年以前の寅年(慶安三年)に役が置かれたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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