殖竹郷(読み)うえたけごう

日本歴史地名大系 「殖竹郷」の解説

殖竹郷
うえたけごう

植竹うえたけ町に比定されるが、近世植田谷本うえたやほん村として現植田谷本に比定する説もある。応永四年(一三九七)七月二〇日の足利氏満寄進状(黄梅院文書)に「足立郡殖竹郷」とみえ、相模国鎌倉郡小坪こつぼ(現神奈川県逗子市)の残り半分の替地として,足立大炊助跡の殖竹郷地頭職内の所領などが鎌倉円覚寺塔頭黄梅おうばい院に寄進された。大炊助は前年小山若犬丸の再挙にくみして所領を没収されたとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 当知行 推移

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む