江原新田村(読み)えばらしんでんむら

日本歴史地名大系 「江原新田村」の解説

江原新田村
えばらしんでんむら

[現在地名]佐倉市江原新田・江原台えばらだい一―二丁目・印南いんなん

角来かくらい村の南西に位置し、南は飯重いいじゆう村。土井氏が佐倉城を築城する際に鏑木かぶらき村の住民が移り開かれたと伝えるが、承応二年(一六五三)の開発ともいう(「村開発記」綿貫家文書)。「寛文朱印留」では佐倉藩領として印旛いんば郡のうちに村名がみえる。以後幕末まで同藩領。元禄郷帳では高二四一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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