洛邑(読み)らくゆう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

洛邑
らくゆう

紀元前11世紀、周公丹(しゅうこうたん)が建設したといわれる都市。中国河南省西部にある洛陽市の元になった。

[編集部]

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世界大百科事典内の洛邑の言及

【周公】より

…周公の弟の管叔,蔡叔らが殷の紂王の子の武庚と結んで反乱をおこすと,東征を行って反乱者を鎮圧するとともに東方の異民族たちを平定。さらに周王朝の東方支配の拠点として東都洛邑(成周)を建設した。また周代の多くの礼楽制度が周公によって定められたとされ,《周礼(しゆらい)》《儀礼(ぎらい)》《易経》の爻辞(こうじ)なども,伝説的には周公の著述とされる。…

【洛陽】より

…それは,古代中国人がこの地を世界の中心と意識し,中土,中国,中原などと呼称したことを裏づけるもので,東周以後〈九朝古都〉となるのも由なしとしない。
【歴史】
 この地に都城が築かれるのは,前11世紀,西周初めの成王のときで,旧殷の勢力圏である東方経営の拠点で,〈王城(洛邑)〉と呼ばれた。現洛陽市街西部で発見された東周期と漢代の河南県城址は,王城の上に築かれた可能性が強い。…

※「洛邑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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