津山城下惣絵図(読み)つやまじようかそうえず

日本歴史地名大系 「津山城下惣絵図」の解説

津山城下惣絵図
つやまじようかそうえず

一三六×二〇八センチ

成立 享保七年

解説 肉筆彩色画。武家地のうち山下・田町北町・城代町は全戸上之町鉄砲町・西新座の一部につき居住者名を記し、東西二ヵ所の寺院街でも寺名を記す。津山藩作事所の作製。松平氏津山藩では享保期に最も家臣数が充実しており、下級藩士に至るまで屋敷地が記される。町人町には何も記されないが、四〇ヵ所余に設置される関貫は印を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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