湊川村(読み)んなとうがーむら

日本歴史地名大系 「湊川村」の解説

湊川村
んなとうがーむら

[現在地名]那覇市安謝あじや 湊川原みなとがわばる

ンナトゥガーと発音する。安謝あじや村港川原一帯にあったと思われる村。絵図郷村帳・琉球国高究帳ともに記載はなく、「中山伝信録」に「湊川村」、「琉球国旧記」には安謝邑とともに「港川邑」が記載される。康熙二〇年(一六八一)鄭姓一二世明良が「真和志間切湊川地頭職」を与えられており(鄭姓登川家家譜)、この時期の村の存在が確認される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む