灰墓庄(読み)はいばかのしよう

日本歴史地名大系 「灰墓庄」の解説

灰墓庄
はいばかのしよう

讃良さらら郡内にあった庄園で、現大東市の灰塚はいづかに比定する説(大阪府全志)があるが確かではない。春日社記録の「中臣祐春記」弘安一〇年(一二八七)二月一五日条に載せる新権神主廻文に「灰墓庄間事、社解令進候」とみえ、同じく同日条に引く同年二月日の春日社司の解状によれば、四至をめぐって枚岡ひらおか(現東大阪市)との間に係争があったことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む