八幡宮(読み)はちまんぐう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

八幡宮
はちまんぐう

応神天皇を主神とし,通例,ヒメガミ,神功皇后を配祀する神社の称号。やわたのみやともいう。弓矢の神として,武士を中心に古くから広く尊崇された。大分県の宇佐神宮を総本社とし,全国各地にある。

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百科事典マイペディアの解説

八幡宮【はちまんぐう】

八幡神をまつった神社。八幡神は菩薩号を付して八幡大菩薩と呼ぶこともある。八幡神を彦火火出見(ひこほほでみ)尊とする説もあるが,普通は応神天皇,比売(ひめ)神,神功皇后の3神とする。八幡神がまつられたのは,欽明朝(奈良時代とも)の宇佐神宮が初めで,次いで859年清和天皇が石清水(いわしみず)八幡宮に分霊。諸源氏の氏神として尊崇された。源頼朝が鶴岡八幡宮に分祀して以後,全国の武士・庶民の間に分社・末社が広まった。神仏習合による信仰が古く,本地(ほんじ)を阿弥陀仏とする例が多い。また武神としても信仰され,社殿は八幡造が通例。
→関連項目神社

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世界大百科事典 第2版の解説

はちまんぐう【八幡宮】

八幡神(はちまんじん∥やはたのかみ)をまつる神社。数の多い神社の一つであるが,起源はおよそ宇佐八幡宮にある。しかし,その八幡神の語源・語意については諸説があり,なお研究の余地がある。奈良前期にすでに宇佐と筥崎(はこざき)宮の両八幡宮が有力社として存在し,宇佐では巫女大神(おおが)氏一族が神託をつげることで知られ,大仏鋳造に功があった。八幡神は早くより誉田別(ほんだわけ)尊(応神天皇)との説が出され,現在誉田別尊を中心に,比売大神,気長足姫(おきながたらしひめ)命(神功皇后),あるいは応神天皇・仲哀天皇・神功皇后のごとく三神をまつるのが通例。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

八幡宮
はちまんぐう

八幡神を祀(まつ)る神社。八幡神は奈良時代には第15代応神(おうじん)天皇(誉田(ほんだ)皇子)に比定され、その本宮は大分県宇佐(うさ)市鎮座の宇佐神宮である。この神宮に祀る八幡神が中央に進出するのは、東大寺大仏鋳造に神助を与えて入京したこと、法師道鏡(どうきょう)の専横を託宣によって排除したことなどで、八幡神を鎮護国家神とする信仰が確立された。やがて八幡神に菩薩(ぼさつ)号が授けられ、これまでの神仏習合形態はいっそう進められた。859年(貞観1)その分霊は山城(やましろ)国(京都府)男山(おとこやま)に勧請(かんじょう)されて石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)が創祀(そうし)されると、八幡神は王城鎮護、勇武の神として朝野の尊崇を集め、八幡信仰は急速に広まり、やがて伊勢(いせ)の神宮と石清水八幡宮は「二所宗廟(にしょのそうびょう)」と称せられた。その後、武家政権の成立、鶴岡(つるがおか)八幡宮の創祀とともに、武人の守護神としての八幡信仰が普及し、全国各地に八幡神が勧請され、八幡宮が創設された。[二宮正彦]
『宮地直一著『八幡宮の研究』(1956・理想社) ▽中野幡能著『八幡信仰史の研究』上下(増補版・1975・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の八幡宮の言及

【宇佐神宮】より

…大分県宇佐市に鎮座。八幡宮,八幡大神宮,宇佐八幡宮,宇佐宮ともいう。旧官幣大社。…

※「八幡宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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