玉造栢木町(読み)たまつくりかやのきちよう

日本歴史地名大系 「玉造栢木町」の解説

玉造栢木町
たまつくりかやのきちよう

[現在地名]東区玉造たまつくり二丁目

単に栢木町ともいう。玉造半入たまつくりはんにゆう町の南にあり、西に吉右衛門肝煎地きちえもんきもいりちがある。「天保町鑑」は「玉つくりいなり前北之丁」と記す。玉造栢木町が正式町名であるが、安政三年(一八五六)の水帳(大阪市立中央図書館蔵)の奥書写では、明暦元年(一六五五)と元禄元年(一六八八)は玉造栢木町、享保一一年(一七二六)から安政三年までは稲荷栢木いなりかやのき町となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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