神田明神下御賄手代屋敷(読み)かんだみようじんしたおまかないてだいやしき

日本歴史地名大系 「神田明神下御賄手代屋敷」の解説

神田明神下御賄手代屋敷
かんだみようじんしたおまかないてだいやしき

[現在地名]千代田区外神田そとかんだ二丁目

神田明神下御台所かんだみようじんしたおだいどころ町の西に位置する片側町。西から南は湯島一丁目(現文京区)、南は湯島横ゆしまよこ町、北は武家地。明暦三年(一六五七)の振袖火事以前は幸竜こうりゆう寺・万隆ばんりゆう寺などの寺地であったが、火災後の土地整理で寺地跡は御賄方の拝領地となった。明和四年(一七六七)・天明元年(一七八一)・同三年と拝領主のたびたびの願出により町屋が形成された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 他所 東西

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む