神田紺屋町二丁目代地(読み)かんだこんやちようにちようめだいち

日本歴史地名大系 「神田紺屋町二丁目代地」の解説

神田紺屋町二丁目代地
かんだこんやちようにちようめだいち

[現在地名]千代田区神田紺屋町

元乗物もとのりもの町代地などの北に位置する代地で、東仲之ひがしなかの橋から北に向かう道筋に沿った片側町。東は武家地、北は神田紺屋町一丁目代地。同一丁目代地にかけては江戸時代前期以来武家地となっており、寛文新板江戸絵図では加藤織部・甲斐庄喜右衛門の拝領屋敷。沿革図書によると、元禄年間(一六八八―一七〇四)は戸田対馬守・中山下野守、宝永年間(一七〇四―一一)の絵図には戸田対馬守・遠藤下野守とみえ、当町域は正徳年間(一七一一―一六)には戸田対馬守・榊原七左衛門・岩田太左衛門の拝領屋敷。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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